内にも外にも言葉をコントロールすることが望む世界を創る鍵

あなたは誰かに断定的な言葉を投げられたことはありますか?

「△△さんって〇〇だよね」

というように。

どのような感情を伴って言われたのか、受け止めたのかは状況に寄りけりかと思いますが、

「自分は〇〇なんだ」

と受け止めたその言葉が、今のあなたの生活の中に、少なからず現実として存在しているのではないでしょうか?

今日は、そんなお話です。

現実の自分を創り出す自己評価の言葉

「あなたは〇〇だ」「自分は〇〇だ」というのは、ある種の決定論です。
前回、信念の話を書きましたが、他者の中にあるあなたへの、あなたの中にある自分への信念と言ってもいいでしょう。

トライし続けることで信念を創って望む世界も創っちゃおう

この決定論について『7つの習慣』では以下のように書かれてあります。

決定論のパラダイムに縛られている人は、自分はこういう人間だという思い込みを強くし、その思い込みを裏づける証拠を自分でつくり上げてしまう。
『7つの習慣』p.94-l.1

反応的(ネガティブ)な言葉の話の中で語られているので、文章もネガティブな感じになっていますが、以下のように書かれてあったらどうでしょうか。

決定論のパラダイムを持っている人は、自分はこういう人間だという思い込みを強くし、その思い込みを裏づける証拠を自分でつくり上げていく。

私たちは、自分の持っている決定論・信念を証明するために、目の前にある課題を利用していきます。そして、周りに「やっぱり〇〇な人だね」と改めて言ってもらう材料をそろえてていくということです。

自分で持ったにせよ、他人に与えられたにせよ、誰かから与えられた自分への評価の言葉は、少なからず私たちの現実を創っていきます

不要な自己評価は変えてしまえばいい

ということは、どんな言葉を自分に対して発するかが大事になってきますね。
どんな自己評価、言葉を持ったとしても、それがこれからのあなたの世界を創っていきます。

当然ながら、あなたが「こうありたい」と思う言葉を持つことが好ましくあります。
しかし、時には自分の意にそぐわない言葉を得てしまうこともあるでしょう。

そんな時にはNLPの出番です。その言葉から得られた自己評価をリフレーミングしてみましょう。

リフレーミングとは出来事を別の角度から見てみることです。
私たちは数ある情報の中から、自分が見たいものを選び取っています。

好きな8文字を選んで自由に生きるということ

その出来事を別の角度から、今の自分にとってどういう意味があったのかを考えてみます。
漫画『はじめの一歩』にこんなやり取りがありました。

板垣:「僕今スランプなんです。」
一歩:「いいね、才能のある人しかスランプにならないんだよ。」
『はじめの一歩』124巻

手元に本がないので正確な引用ではありませんが、
スランプに陥っているというネガティブな意識を、あなたは”才能があるから”スランプなんだね、とリフレーミングしています。

私は小学生の頃、先生に人のモノを盗んだと間違えられたことがありました。
1時間くらい「違う」と主張し続けましたが、認めないと許してくれない雰囲気でしたので、仕方なく受け入れたことが、30年近く心の中に残っていました。
NLPの授業で自分の裏年表を作ってリフレーミングしてみるというのがありましたが、この出来事だけ上手くリフレーミングできませんでした。
一緒にNLPを学んでいる人達に助けを求めたところ、

「人を信じることの大切さを学んだんだね」

とリフレーミングしてもらい、自分の中の霧が晴れる経験をしました。

リフレーミングは自分でもできますが、自分とは違う視点を得るために他人に頼るのも良いかと思います。

また、ネガティブな言葉が心に沸いた時に軽くリセットする方法として

「なーんちゃって」

と言ってみるのもありです。
今浮かんだこと、言ってしまったことを無かったことにできちゃう魔法の言葉です。
ちなみに、他人に対して言ってしまった時は、このフレーズで悪化することがありますのでご注意ください。

他人に対する言葉も私たちの世界を創り出す重要な要素

一方で、他者から見た私たちが、その人に投げかけている言葉もあります。

友人や同僚、家族に対して、「この人は〇〇だよね」など、声に出さなくても評価をしていることはないでしょうか?

実はこの他者への評価ですが、声には出さなくても確実に私たちの態度や表情に無意識に出ています。
そして、このメッセージを相手は確実に無意識で受け取っています。
その結果、徐々に私たちが送っているメッセージどおりの行動を取っていくようになるでしょう。
これは、実際に相手が変わったというよりも、私たちがその評価を裏付ける証拠探しをすることで、自分の中に「この人は〇〇だ」という信念として形作られるのかもしれません。

もし、他者の嫌な面が見えてしまったり、あなたの期待に添わなかった時、あなたはどういう言葉を思い、投げかけますか?

「どうして〇〇なの?」「どうしてできないの?」と相手を批判しますか?

この言葉の投げかけは、自分に対してはその評価の証拠探しを始める合図になります。
そして、その言葉を投げられた人にとっては、「自分は〇〇なのか」という信念形成の第一歩となります。
こうして、私たちの中に嫌なあの人、ダメなあの人がいる世界が創られていきます。

普段元気いっぱいの人の元気がなかった場合はどうでしょう?
「この人暗い人だな」とは思わず、「元気がないけど、どうしたんだろう?」と寄り添ったりしませんか?

他者の嫌な面が見えた時に、

Hiro

らしくないな

と思うこと。この人は本当はこんな人(私たちの中の相手への期待像)なのに、どうしたんだろうと寄り添ってみてください。
私たちが見えていない現実がそこにあるかもしれません。
少なくとも、私たちが望む世界を創り出す一歩がそこにはあるはずです。

現在の姿を見て接すれば、人は現在のままだろう。人のあるべき姿を見て接すれば、あるべき姿に成長していくだろう
『7つの習慣』p.447-l.11


私たちは、ありのままの現実を見ることはありません。
必ず自分の中にあるフィルターを通して世界を見ています。
そのフィルターは日々私たちの発する言葉から色付けされていきます。

自分に対する言葉が自分の中に世界を創り出すのと同様に、他人に対する言葉も自分の周りの世界を創っていくことになります。
自分に対しても、他者に対しても、あなたが望む面を見れば望む世界が創り出されますし、逆もまた然りです。

あなたの自分に対する言葉も他人に対する言葉も、最高の世界に生きるためにも使えますし、嫌な世界から抜け出すためにも使えます。

さて、あなたはどんな言葉と共に、あなたの世界を創っていきますか?

 

Today’s Quote !!

私たちは、その鏡に歪みのない鮮明な他者の姿を映してあげることができる。相手の主体性を認め、責任ある個人として接すれば、その人の本来の姿を映し出すことができる。
『7つの習慣』p.444-l.8

※「その鏡」:社会通念の鏡

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