「ありがとう」と唱えることが相手を理解することの良い訓練だと思えたこと

以前の雑記で記した『借金2000万円を抱えた僕にドSの宇宙さんが教えてくれた超うまくいく口ぐせ
』を読んで以降、街中ですれ違った人に「ありがとう」を言い続けています。

立ち読み『借金2000万円を抱えた僕にドSの宇宙さんが教えてくれた超うまくいく口ぐせ』

言い続けて何が変わったか?といっても、「運が良くなった」とか、「良いことばかりが起こるようになった」とか、そういうのは正直ありません。
ただ、嫌なことは少なくなったような気がしています。
正確に言えば、嫌なことだと思うことが少なくなったのかもしれません。

以前も書きましたが、すれ違う人の中には「ありがとう」と言うのは正直嫌だなと思う人もいます。
しかし、ある時、自分は人を見て「ありがとう」を言うかどうかを決めていることに気づきました。
相手の身なりやイメージ、よくすれ違う人であれば過去の記憶などによって、その人を判断している自分に気づきました。
気づいたからと言って、すぐに素直になれるわけではありません。今でも一瞬ためらう人もいます。ただ心の中でつぶやくだけなのに。

相手を理解することの難しさについて、第5の習慣「まず理解に徹し、そして理解される」の中で下記のように記されています。

相手の話を深く聴くには、強い安定性が必要になる。自分自身が心を開くことによって、相手から影響を受けるからだ。傷つくこともあるだろう。それでも相手に影響を与えようと思ったら、自分もその人から影響を受けなければならない。それが本当に相手を理解することなのである。
『7つの習慣』p.349-l.11

相手を理解するということはこれくらい大変なものだと書籍では言われています。
単に心の中で「ありがとう」を言うことすら乗り越えられなければ、実生活の中で関わる人たちを本当に理解することは不可能ではないかと思いました。

たまたま立ち読みをしただけの本でしたが、第5の習慣を会得するための練習課題を与えられたんだなと思っています。
これからも継続して、すべての人を受け入れるための最初の一歩、色眼鏡で人を見ないをできるよう日々精進します。

 

Today’s Quote !!

相手を理解する努力なら、いつでもできる。これならば、あなたの力でどうにかできる。
『7つの習慣』p.375-l.7

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